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2008-2009;
レナート・ベルッチと学ぶギター集中講座

あなたの演奏を自信が感じられるレベルへと引き上げ、あなたの悩みを全て解決するお手伝いをします。あなたのサウンドとレパートリーに磨きをかけ、完璧なテクニックを完成させる方法を理解していただきます。あなたは遂に開眼したと感じることでしょう・・・保障します
Renato Bellucci

我が家から見たサン・ベルナルディオ・レイクの日没
サン・ベルナルディーノの我が家から見た景色

は1日の大半を、自分のスタジオで過ご します。神から授けられた才能を「磨く」場所です。音楽家として1日に1ミリでも進めば、自分が正しい道を歩んでいることが分かります。人生とは上るか下 るしかない梯子です。じっと一ヶ所に留まっていることはできません。停滞は死んでいるのと同然です。

私は主に、アスンシオンとサン・ベルナルディーノで教えています。別の世界からやって来 る奏者・生徒たちの訪問もしばしばあります。国際線は毎日アメリカとヨーロッパから到着し、アジアへも乗り継ぎ便が飛んでいます。加えて、快適で美しい施 設は、私と個人的に学ぶのに正に理想的な「環境」です。

パラグアイは美しい国です・・・他ではお目にかかれません。人々は礼儀正しく、外国人に好 意的です。ここでは時間の流れ方が他と違うように感じられます。「気楽にやろう」という空気がただよっています。パラグアイは偉大なギタリストで作曲家 だったアウグスティン・バリオス・マンゴレの故郷です。英国のオーストラリア人ギタリスト、ジョン・ウィリアムスの功績で、マンゴレはパラグアイの代表す る音楽家になりました。

パラグアイの物価は安く、おそらく地球上で最も安い国の一つでしょう。

実際に私の処にきて、1〜2週間学ぶつもりであれば、高級ホテルでさえ1日60ドルで宿泊 できますし、質素で贅沢を望まなければ15ドルしかかかりません。一流のレストランでランチやディナーを食べても、一人当たり18ドルです。もし私からギ ターを買うつもりがなければ、ご自分のギターを持参してください。滞在中にベルッチのギターを購入すれば、工房を見学していただき、12%の割引をしま す。荷物になるのがお嫌でしたら、運送便で送ることもできます。
ベルッチの家
1日1レッスンです。生徒の音楽キャリアに応じてサウンドのアドヴァイスをいたします。練習と休憩、関連知識のお話がメインです。あなたの演奏を自信が感じられるレベルへと引き上げ、あなたの悩みを全て解決するお手伝いをします。あなたのサウンドとレパートリーに磨きをかけ、完璧なテクニックを完成させる方法を理解していただきます。あなたは遂に開眼したと感じることでしょう。保障します

医療施設も一流で、会話も普通に通じます。もしギターを運んでくるのが負担であれば、レンタルもできます。ギターの経験はまったく問いません・・・勉強のために訪れた人であればどなたも、完成済みのベルッチ・コンサートギターをすべて格安で購入いただけます。

パラグアイは1989年に民主国家になりました。クーデターによって、33年間続いた軍事政権に終止符が打たれたのです。パラグアイの面積は、イタリアより僅かに大きい程度ですが、人口はたったの600万人です。
美しい場所は至るところにあり、一度でもパラグアイを訪れれば、その虜になってしまうでしょう。イグアスの滝は 代表的な観光名所でアスンシオンからたったの300キロしか離れていません。南方にはイエズス会の遺産も散らばっています。南アメリカを訪れる「標準的 な」観光客が、サン・パウロ、ブエノス・アイレス、カラカスといった巨大都市へ行かされるのは大きな間違いだと思われます。犯罪が多発する危険な場所であ るばかりか、敵意と危険に満ちた典型的な大都市なのです。パラグアイは美しく友好的で、亜熱帯の温暖な国です。年間の平均気温は21〜23度でアウグス ティン・バリオス、ハープ音楽、イグアスの滝で有名です。アスンシオンはパラグアイの首都で、公園や珈琲ショップの多い現代的な緑園都市です。

パラグアイは税金がなく、、南アメリカのスイスと呼ばれています。実際この国はここ十年、政治的にも経済的にも安定しています。

100年以上も昔から、パラグアイは制限なく移民を受け入れる典型的な国でした。今日ではオーストラリアと共に、その政策は世界的規模で突出しています。昨今、様々な職業・宗教のヨーロッパ人を吸い寄せるよう尽力しています。

科学者(Moises Bertoni)、医者(Dr. Emil Hassler)、哲学者(Nitzsche)、作家、貿易商、農場経営(Mennonits)、音楽家(Barrios Mangore)はもとより、ペンション経営者、自然愛好家、等など様々です。各人が自分の夢を求め、見つけるためにここへやって来ます。

文化的には、スペイン、フランス、ドイツ、アメリカの文化団体に匹敵するサービスがあります。
アメリカ人、フランス人、ドイツ人の学校は幼稚園から高校まで揃っており、
アメリカ人、イタリア人、フランス人の経営する一流の病院があります。
パラグアイは肉好きにはピッタリです。一方、バラエティーに富んだ野菜や芳ばしい果物類はベジタリアンの食生活にも不自由がありません。一月の食費は一人当たり約150ドルです。

気候と軟水はリューマチ患者に最適です。通風や緒症状もたいていは改善されます。

パラグアイの人々はとても友好的です。ほとんどの家系がヨーロッパにルーツをもちます。パラグアイの住民はメスティーノ(mestizos)、白人、約6万人のインディアンが主です。

パラグアイは南アメリカ大陸の真ん中に位置し、面積はドイツより50.139平方キロメートル広い406.752平方キロメートルですが、人口が約600万人と、人口密度がとても低いのです。周りはブラジル、アルゼンチン、ボリビアに囲まれています。

11月21日に夏が始まり、木々や潅木の花が一斉に咲き乱れます。全土でココナッツの芳香が漂い始めると、クリスマス祭が近づいている合図となります。

パラグアイの奥地にも様々な発見があります。無数の洞窟には、今日でもバイキング族の残したルーン文字が残っています。

景色の対比も見事です。緩やかな丘は屹立した火山や小山に続いています。大小の滝、川、湖 沼は素晴らしい景観に囲まれていて、どこでも水泳が楽しめます。魚影も濃く、釣り人には天国です。500種類以上の魚が確認されていますが、名前があるの は僅かです。動物愛好家にとって貴重な野生動物の宝庫でもあります。

イタイプの水力発電所は地球上最大規模の施設です。輸出用農産物は肉、豆、木綿、サトウキビ、米、穀物、タバコ、ゴマ、ピーナッツなどです。

私がギタリストとして成長し始めた頃、その当時住んでいたこの場所(パラグアイ)が、22歳のギタリストに示されるべきものと思われたその高みへと続いている場所に感じられました。

私はクラシックギターの巨匠たちが住んでいる、いえ住んでいるだろうと思ったスペインへ出 発しました。それは私の敬愛する先生の一言がきっかけでした。「レナート、スペインへ行きなさい。セゴビアがそこにいる・・・彼なら君を今よりもっと成長 させてくれるだろう・・・」。さらに付け加えられた一言が私に強い衝撃を与えました。「あの男はもう90歳になる・・・もし彼の棺の横で写真に収まれば、君も後悔せずにすむだろう・・・」。

そうです、私はそのためにスペインへ渡りました。そして、このスペインのマエストロから葬儀用写真以上のものを得ました。私の趣味は写真でしたし、それは今でも続けています。当時私はどこへ行くときもギターと一緒にカメラを持ち歩いていました。

スペインに1年間滞在して、私は何よりも、偉大なクラシックギタリストたちの写真を沢山撮ることができましたし、励ましの言葉をいくつも貰いました。

私は再び壁にぶち当たりました。これまでに私は、自分のカリキュラムに沿って「有名人」た ちに会うためだけに沢山のコンサートで演奏してきました。これらのマスターの散発的なレッスンは、自分が以前の状態を保っていると確認する以上の役には立 ちませんでした。確かに彼らは私がまだまだ伸び盛りであることを信じさせてはくれたのですが、私にはそれだけでは十分ではなかったのです。

神の導きに従い、多くのドアをノックし続け、ついに私の祈りは聞き入れられ ました。ホセ・トーマスが私に言ったのです。「聞いてくれ。君は教師を求めて南アメリカからはるばるやって来た・・・モンテビデオ(ウルグアイ)へ行くこ とは考えなかったのか・・・そこにアベル・カルレバーロがいるのに・・・」。私はその時初めてその名前を知りましたが、私はトーマスを信頼していました。 優秀で誠実な人間だったからです。私は内心考えました「・・・ここアリカンテは良い所だし、トーマスは粋な奴だ。けれどモンテビデオは我が家からたった千 マイルしか離れていない・・・」「・・・クリスマスにアスンシオンに帰る予定だから、モンテビデオに寄り道して、そのウルグアイ人のマスターに会ってみよう(これは1980年代始めの話で、アベル・カルレバーロの名はウルグアイ以外では、まだごく少数のグループに知られ始めたばかりでした。彼の生徒たちが主要なコンクールの優勝をことごとくさらっていたからです)・・・失うものは何もないだろう」

さて面喰らうとはこういうことでしょうか。このマスターはまず言いました「何か弾いてく れ・・・」。私はバッハのプレリュードBWV999を弾きました。すると「君は右手に不安を感じているようだ。どうかね」・・・「もう少し弾き続けたら背 中が痛み出すんじゃないかね・・・」・・・「もっと自然な演奏で、そのキーキー言う軋みを消してしまいたくはないかね」・・・等など。クリスマスが終ると 私はモンテビデオにとって返しました。初めて「限界は無い」と感じられた場所へ。この男は私にギターを考えることを教え、一連の思いもよらぬ音楽の地平線に目を開かせてくれました。彼は私にこう尋ねた初めての教師です。「君が弾けるようになりたい夢の曲は何かね」・・・私が「バッハのシャコンヌです」と答えると、彼は「いいだろう」と言いました(私がこう言った事は『私は宇宙まで行って5分で帰ってきたい』という位、無謀な事だったのです)。 その日のうちに私は目の前に楽譜を広げ、23年間抱き続けた夢に初めて触れたのです。

私が何故この話をしたのかと言えば、多くの仲間たちが自分の演奏に行き詰ったり、何の進歩も無いと感じているに違いないことを知っているからです。ギター演奏のような専門職では、教師はあなたを常に鼓舞する人でなければなりませんし、あなたは自分の演奏を開放するのに必要なステップを歩む意志を持ちつづけねばなりません。私が断言できることは少ないのですが、次のことは確かです。もしあなたの教師が、あなた自身を信じられるようにしてくれたとしたら、あなたは優れた演奏家になるでしょう。教師の名前などどうでもいいことなのです。

私が教わった教師のリストは膨大なものです。その大きな理由は、私の両親の仕事が国連の外 交官だったので、しょっちゅう国から国へと転々としていました。そうした事情が私を、長年同じ教師に習った人とは違った種類の人間にしてしまったに違いな いと信じています。同じ先生に4年以上習ったことがないのです。私が自分の事を自分で決められる歳になり、両親もそれが問題ないと確認してからは、可能な 限りベストな教師に習い、しばしば教師を求めて遠出しました。私はギターを抱えて教師の家のドアの前に辿り着くと、私の演奏を聴いてほしい と頼み、あなたのレッスンを受けたいのだと話しました。あなたが遥か遠くを目指しているならば、あなたが考えている以上に、もっと強力なメッセージを送る 必要があります。優れた教師というものは、あなたの演奏能力は二の次に、あなたの意欲や動機を観察するものです。それなくして音楽キャリアは不可能なので すから

レナート・ベルッチと学ぶ
ジョン

      私はクラシックギターを約10年弾いてきましたが、始めた頃は大きな情熱があったんです。英国とアイルランドで 学びましたが、残念ながら「伝統的な」ギター教授法に取りつかれたアイルランドの先生と衝突してしまいました。彼はいつも私にスケール、アルペッジョ、ソ ルの練習曲を弾かせました。楽譜を読む力とテクニックは伸びましたが、私はモチベーションを無くしてしまいました・・・それで私は今年の初め衝動的に、パ ラグアイに行ってレナートに習おうと決めたんです。ああ、何という違いでしょう。お陰ですぐにギターを弾くのが楽しくなってきて、テクニックは音楽に仕え るもの、それ以外の手段じゃないんだと気づかされました。テクニックを勉強するんはなくて、本物の曲とちょっとのテクニックが問題を解決するんですね。パ ラグアイにいる間に、生涯の伴侶になったマンゴレのコンサートギターも買いました。見逃しそうな些細な事にも練習の価値があって、これからは1日に最低2 時間は練習しなきゃって思ってます。素晴らしい先生に、素晴らしいウェブサイト。私はレナートやご家族、アスンシオン、パラグアイ、訪れるのにじゅうぶん 価値があると保障します。ぜひ会員登録して、ギターを買って、パラグアイに行きましょう。その価値は計り知れませんよ。John Burton, Ireland 

       私はレナートのウェブサイトに最初からハマッてしまいました。彼の音楽の分析は論理的で、特に大方のフィンガリ ングが適当で分かりやすかったからです。パラグアイでレナートと2週間過ごして、彼の卓越した教え方と、ヴィルトゥオーゾ・レベルにある彼の幅広いギター 演奏知識を分け合おうとする気持ちがひしひしと伝わってきました。絶対にこうしなさいとあるやり方を課すんではなくて、自分自身を教えることを学ばせて Ulf  Osterberg, Sweden

     レナート、昨日コンサートをするためにシアトルに戻ってきた。レッスンはとてもタメになったし、あなたの賢明なアドバイスのおかげで、私の知識とテクニックに光を照らしてくれた。とても感謝している。ヘレンとお子さんたちにもよろしく。あなたの友、Alfredo, USA

      ナート へ。クラシックギターを始めて7年、練習はまったく面白くなく、惰性的だった。レナートならきっと、この美しいギターへの情熱に火をつけてくれるだろうと 期待して、訪れることに決めた。最初のレッスンが始まって5分しないうちに、来ることに決めたことが間違っていなかったと確信した。

レナートは私を無知な生徒として接せず、学んだ全てを分かち合える音楽仲間として対応してくれた。彼の情熱が乗り移って、どのセッションも非常に楽しかった。

私の悩みは、毎日長時間練習してもちっとも上手くならない事だった。まるで何者かが私の前進を阻んでいるかのようだった。レナートは私の演奏を注意深く観察し、この問題を乗り越えるための効果的なアドバイスをしてくれた。

私のアスンシオンのスタジオど うしたら左手の緊張を減らし、どうしたら手首を軸にして動かせる範囲を広げられるか説明してくれた。それに右手が演奏ミスを防ぐのに果たす大事な役割につ いても話してくれた。それから大部分の西洋人教師が敢えて無視している右指の使い方も示してくれた。レナートは私に実際的なアドバイスをしてくれたのだ。 間違いなく私の弾き方は大進歩するだろう。

今回の訪問で、レナートの優れたギターをたくさん眺め、試奏することができた。彼はクラフトマンシップを高水準に保つことに細心の注意を払っていて、ダブル・トップ、格子状補強、アコースティック・ポートといった新しい開発にも前向きに取り組んでいる。

弦長の違うギターを弾けたことも役に立った。もはや 650 mmだけが標準ではない。作業台に置かれたレナートのギターから美しく豊かな音が真っ直ぐ伝わってきた。それらが花開いた時、どんなに素晴らしいサウンドを奏でるかを私は思い浮かべることができる。

もう一度お礼をいう。あなたのご尽力に感謝する。もしあなたの生徒たちがパラグアイへの旅を考えたら、Eメールを交わせればと思います。

apankewytch<アット>rochester<ドット>rr<ドット>com 
Andreas

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